Web 鼎談:コンピュータ・サイエンスは21世紀の基礎科学になるか? |
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この鼎談は 「コンピュータ・サイエンスから21世紀の基礎科学が生まれる」 という私(渡辺)の予言(?)から始まりました. その根拠として, 私はまず次のようなことを述べました.
主張1: 人間の作り出すもの(人工物)のすべてが, コンピュータの仮想空間上に実現できるようになるだろう. したがって, この仮想空間を操作したり分析したりするための科学 --- コンピュータ・サイエンス(CS) --- は, 単にコンピュータの利用技術のための科学だけではなく, 様々な学問の基礎となっていくだろう.
主張2: コンピュータ・サイエンス(CS)での研究手法は, 従来の自然科学の基礎 (つまり物理, そして物理と共に発展してきた従来の数学)とは大分異なっている. その違いは, 従来の科学が主に自然を対象としてきたのに対し, CSは純粋に人工物を対象にしていることから来ている. つまり, 式やルール,あるいはプログラムのように, 記号で記述可能な世界だけがCSの対象なのである. こうした人工物を対象とする科学は, 従来の基礎科学とは違った新しい研究スタイルを我々に提供してくれる. その意味でも, CSには新しい基礎科学の素が感じられるのである.
鼎談は, 私のこの主張に対し, 根上氏,松井氏が検証したり,批判したりしながら進んでいきました. その中で出てきた二人からの批判を要約すると次のようになるでしょう.
批判1: 上の主張1,2の言いわんとしていることについては理解できる. でも主張1だけでは, 「基礎科学」と呼ぶに値するものになるかどうかはわからない. 単なる応用技術の集大成になってしまうかもしれない. あるいは, いろいろな分野の「便利な道具」として使われるだけの分野になってしまうかもしれない.
批判2: 主張2ように, 「CSの対象は人工物だけであり, 式や記号,あるいはプログラムで記述可能な世界だけである」 と言いきってしまっては, 学問として面白みや深さがない. 物理が人間には完全には理解しえない物資界を何とかしてわかろうと探求しているのと同じように, 数学が数学的真理を部分的にでも人間の手に届くように努力しているのと同じように, CSだって「究極の仮想空間」の必要な部分を人間の目の前に表そうとする学問なのではないか, そうあって欲しい.
批判1はなるほどその通りだと思います. また, 基礎科学としての求心力を持つためにも, 批判2のように「究極の仮想空間」を明らかにするという姿勢が必要なのかもしれません. 実際,お話としては「究極の仮想空間」は魅力的です. しかし, 私には「究極の仮想空間」を仮定することの重要性がわかりませんでした. 少なくとも21世紀中には必要ないのではないかと.
「では究極の仮想空間までは考えないことにしよう. でもそうだとすると...」と, 根上氏は次のように主張しました.
主張3: 人工物を対象とするようなCSの研究の基礎科学的な部分は, 純粋数学に十分吸収できる. 確かに一般の人が考えているような数学には, 主張2のような要素が欠けていたかもしれない. しかし「真の純粋数学」は, 基礎科学としてのCSを十分含んでいる.
この意見には私もかなり心を動かされました. ただし, 数学者も含め一般の人々が, 根上氏のいうような「真の純粋数学」を認識しているかは少々疑問ですが.
しかし, たとえ「真の純粋数学」であっても, 数学の部分としてはとらえられないCSの一面もあります. たとえば, 「単なる煩雑な場合分け」は, 数学では「議論するまでのこともないこと」を意味しますが, CSでは「単なる煩雑な場合分け」への対処法が重要な場合が多くあります. また, 松井氏はCSの社会とのかかわりの強さを指摘しました. 抽象的な仮想世界上の議論だけでは, CSの大事な一面を失ってしまうかもしれないのです. 確かに, 社会や工学などとかかわりを持ちつづけることができるからこそ, 新しい基礎科学なのでしょう.
結局,今回の鼎談では確たる結論は何もでませんでした. しかし議論を通して, CSの本質 (数学との近さ,遠さ,そして数学にない部分) について, 少し理解を深めることができたような気がします. 物理学者のファインマンは, コンピュータ・サイエンス(CS)をかなり深いところまで学び, その上で,
CSは, 数学的推論をかなり長々と使うが,数学でもない. CSはむしろ工学のようなものである.
とコメントしています. しかし, 「むしろ工学のようなもの」は, まだ見方が足りないと思います. あるいは, 今のCSがまだ未熟であるからかもしれません. 私は, この鼎談を通して「数学でない何か」がCSにはあって, そのためにCSが将来, 「工学の基礎となるようなもの」に成長していくはずだという気持ちをますます強めました.
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