Web 鼎談:コンピュータ・サイエンスは21世紀の基礎科学になるか?

総集編 No.1

4月の鼎談

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1.1.鼎談のはじまりはじまり

[0001] 渡辺 渡辺,口火を切る.大胆に予言させてもらいます.

はじめまして. 数学セミナー(数セミ)の 1999 年度の連載コラムとして, 「コンピュータ・サイエンスは21世紀の基礎科学になるか?」をはじめました. このテーマについて, 私と, 根上さん,松井さん,の3人が Web 上で意見を戦わせ(?), そのダイジェスト版を数セミに掲載するという企画です. 1年間よろしくお願いします.

では,このテーマでどんなことを話していきたいともくろんでいるのでしょうか? 短刀直入に言いましょう.次の予言です.

21世紀には新しい基礎科学がコンピュータ・サイエンスの中から生まれる.

このときは, その意味をあまり吟味せずに言っています. 思いつきに毛がはえた程度でしょうか. 冷や汗 ^^;;

いままでは,数学と物理が基礎科学の二つの大黒柱でした. (物理が王で数学が女王でしたっけ?) 私は,そこに,コンピュータ・サイエンスを基盤にした新しい学問分野が登場すると思うのです. もちろん,世の中にはいろいろな分野がありますし, どれもおもしろく, また重要な分野だと思います. しかし, ここで予言したいのは, コンピュータ・サイエンスをを基盤にした新しい分野は, 数学や物理と同様に, 基礎科学の一つとみることができるほど, 様々な学問の根幹にかかわってくるという点です.

そうなってくると,一体,基礎科学とは何ぞや?数学とは何ぞや? という議論にまで発展するかもしれません.それもよいと思います. 是非,いろいろな意見をお願いします.

1.2.コンピュータ・サイエンスって?

[0002] 渡辺 コンピュータ・サイエンスは大きく誤解されてます.

ところで,コンピュータ・サイエンス(CS)や計算機科学というと, 「何だあんなのは, コンピュータの使い方を議論している分野ではないか. 学問ではない.技術論だ」 と思われる人もいるでしょう. どうも,コンピュータ・サイエンスという言葉自体,すでに一人歩きをしてしまっていて, 世間での解釈と我々CS人の解釈は大きく違っているようです.

たとえば,WWWを検索していてたまたま見つけたのですが, 日本コンピュータサイエンス学会 という団体があります. これは, どんなソフトやシステムがよいかという情報を交換する場として作られたようです. はじめ見たときは,びっくりしましたが, 世間一般の「コンピュータ・サイエンス」に対する考え方はこんなもんなんのかもしれません.

コンピュータ・サイエンスという言葉が一人歩きしてしまった要因の一つは, コンピュータの研究者や技術者たちにあります. 我々がCSを安易に使ってしまったのがいけないのです. でも, コンピュータの普及や利用の広まりの速度があまりに速かったから, というのも大きな要因でしょう. したがって, 皆が実態を認識しないまま, 言葉が一人歩きしてしまったのです. ちょうど,マルチメディアのように.

そういう訳ですので,この場を借りて, 少しずつでも,コンピュータ・サイエンスのサイエンスの部分を紹介できればいいとも思っています.

[0003] 根上 根上氏登場!確かに,世間のCSの捉え方はいろいろですね.

なるほど,なるほど.この鼎談の目的はそういうことですか.

しかし,最後の「マルチメディアのように」のくだりは耳がいたいですね. というのも,私は現在,「マルチメディア文化課程」という怪しげな課程を担当しているからです. この課程に進学してくる学生は, 口々に,コンピュータの勉強をしたいと言うわけだかれど, その言葉の意味は人それぞれです. ただ, 言葉だけで何もイメージを持っていない学生もいるけれど, 私のところの学生が口にしていることを拾っていけば, 「コンピュータ・サイエンス」という言葉が,どんな意味で世の中に広まっているかが, つかめそうです.

やはり, 猫も杓子も「インターネット」の勉強をしたいと言うわけだけれど, 電話代を気にしないで,いろんなところのホームページを覗いたり, 自由に電子メールが使えれば, それで満足という感じの学生が多いようなこもします.

そういう学生たちに, ネットワークの仕組みやら, コンピュータの原理やらを仕込もうとしても無理みたいな感じがしますね.

中には,最新技術を駆使して, すごいホームページを作っている連中や, 自分のパソコンに Unix をインストールして, サーバの勉強をするんだと意気込んでいる学生もいます. もちろん, Java や C++ の勉強をしたい, つまり,プログラミングの勉強をしたいう学生もいます.

しかし, いずれにせよ,私が抱えている学生さんたちの頭の中には, 渡辺さんの予言がいうところの「コンピュータ・サイエンスから生まれる基礎科学」 というイメージは皆無です. それは私のところの学生に限ったことではないでしょうね. 渡辺さんが予言の意味を理解するためにも, いろいろと議論を交わす必要がありそうです.

[0006] 松井 松井氏登場!CSは読み書きそろばんじゃないですよね.

確かに, 「CSは計算機の使い方」と思ってる人は多いでしょうね. リテラシー(読み書き)が重要なのは確かです. でも「情報処理」といった授業が Explorer, Word, Excel の講習会では, 某社の宣伝媒体になってしまいますね. それに多くの大学の先生の本音は 「Word と Excel が使えるようになれば十分.C++ が書けたら恩の字だ」 という所ではないでしょうか.

でもたとえ C++ ができるようになっても, C++ や Java をマスターするのは, レベルが違うだけの「読み書き」だと思います. 「読み書き」ができるようになって 「その次に学ぶもの」が予言の指す基礎科学になるのかな?

[0007] 渡辺 CS学科は自動車教習所ではないのです!

そうなのです. いわゆる「読み書きそろばん」の部分が強調され過ぎているのです. たとえば,航空工学科では飛行機の操縦方法を教わるのだ, と思う人はいないですよね. むしろ飛行機を作ることに関する技術を学ぶ(あるいは研究開発する)と思う人がほとんどでしょう. ところが, CS学科は,自動車教習所のようなところだと思っている人が多いし, また,コンピュータ専門家と称する人たちの中にも誤解している人がいるような気がします.

[0007-2] 渡辺 CSはコンピュータやソフトを作るための学問です.

もし,使う側と作る側というふうに単純に分けるとすると, CSは作る側の学問なのです. ただ,単純に使う側と作る側に分けられないのが難しいところです. でも,取り敢えずは,多くの人の誤解を解くためにも, 単純に「CSは,コンピュータやソフトウェアを作るための学問」と規定しておきましょう.

1.3.そもそも基礎科学って何だろう?

[0009] 渡辺 従来,基礎科学と呼ばれていたものは?

ところで,分野名の話が出たついでに, 「応用数学」という分野名についてひとこと言わせて下さい. 私は,この分野名こそが, 数学や物理などの従来の基礎科学の守備範囲を表している証拠だと思っているからです.

以前,日本で開かれた国際数学者会議で, ラズボロフがネヴァーリナ賞を受賞したときのことです. 数セミで,野崎先生がインタビューされていました. 確か,このとき「応用数学」という言葉を(何気なく)野崎先生が使われたのに対して, ラズボロフは 「私は数学をやっているのだ,何も応用をしているわけではない」 と少々憤慨した返答をしていたように記憶しています(間違っていたらすみません).

確かに彼がやっているのは, 「純粋」数学で,彼には何に応用するという気持は,かけらもないと思います. それなのになぜ,「応用」と呼ばれるのでしょうか? 私は, 実世界の問題に起因する課題を扱う分野なので, 「応用」と呼ばれているのではないかと思っています. 実世界に起因する問題の多くはアドホックだったり, きれいに扱えなかったりします. これは, 本来の数学の美意識に反する世界なのではないでしょうか?

数学や物理では, 理論的に美しい世界を構築をしてきました. その美しさゆえに, 偉大な定理や理論を導き出すことができたのではないでしょうか. ある意味で, それが基礎科学の使命だったのだと思います. 実世界を考えるのは,工学者の仕事だったわけです.

[0011] 松井 基礎科学をカリキュラムから見ると?

「基礎科学」ということは, CS学科以外でも学ぶのですね,きっと. 電気や機械や建築や土木や化学などなどにも. それらすべてに重要なCSという基礎科学というイメージが今一つ,つかめません. この鼎談でだんだん明らかになるといいですね.

実際, リテラシーの次に何をするかというと, 実は困ってしまう方が多いと思います. リテラシーの次のステップの「通常のカリキュラム」といったものがあるのでしょうか?

[0013] 根上 基礎科学≠基礎教育なのでは.

最後の松井さんの発言ですが, 「基礎科学」という言葉を「基礎教育に入れる内容」という意味で使っていますよね. 例えば,みんなが「基礎科学」と呼んでいる数学は, 確かに「基礎教育」に入れてもらっていますが, 他の専門分野の人たちには教えてあげない, もしくは使ってもらう気のない数学が山ほどあります. それでも,やっぱり数学は「基礎」ですよね.(「科学」ではないかもしれないけど.)

そういうときの「基礎」という言葉は, 利用されるかどうかとは関係なしに, 世界や世界の有り様を記述してり,表現したりする行為だと思います.

「基礎科学とは何ぞや」という議論をひとしきりやってから, 話を進めるべきだったかもしれません. でも我々は, その話をこの程度で切り上げて先に進みました. とくに意図してやったわけではないのですが, それも悪くなかったと思っています.

[0013-2] 根上 一般学生向けのCSとは?

まあ,そういう議論はいずれするとして, 私も松井さんがいうところの「リテラシー」 と次にくる「通常のカリキュラム」というのが見てみたいな. もしそれがあるのなら.ねえ,渡辺さん.

==> 5月の鼎談へと続く


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